小説「新・人間革命」 勝ち鬨 十 2017年12月18日

山本伸一は、九日午後の飛行機で大阪を発ち、徳島空港に到着すると、そのまま徳島講堂へ向かい、落成記念勤行会に臨んだのだ。
彼は、勤行の導師を務め、懇談的に指導し、「冬は必ず春となることを確信して、勇気ある信心を!」と、強く呼びかけた。
皆、決意を新たにした。どの顔にも太陽の微笑みが輝いた。
さらに伸一は、車で二十分ほどのところにある徳島文化会館(後の徳島平和会館)を初訪問し、夜には再び、徳島講堂での記念勤行会に出席した。
ここでも全力で激励するとともに、皆の労をねぎらい、徳島の新しい時代の幕を開いてほしいとの思いを託してピアノに向かい、「熱原の三烈士」など、七曲を演奏した。
また、勤行会では、女子部の「渦潮合唱団」、婦人部の「若草合唱団」が晴れの記念行事に彩りを添えた。
なかでも「若草合唱団」は、ベートーベンの交響曲第九番から、合唱「よろこびの歌」を、一、二番は日本語で、三番はドイツ語で披露したのである。
アジアで最初に、「第九」の全楽章が演奏されたのが、現在の徳島県鳴門市であった。
第一次世界大戦で日本軍は、ドイツ軍が守る中国の青島を攻略した。ドイツ兵は捕虜として日本に移送され、徳島県に造られた板東俘虜収容所にも千人ほどが収容された。
収容所の所長であった松江豊寿は、彼らを、祖国のために堂々と戦った勇士として手厚く遇し、自由な環境を整え、人間愛に満ちた対応に努めた。
また、住民たちにも客人を大切にする気風があり、ドイツ兵と親しみ、受け入れていった。
ドイツ兵もこれに応えようと、パンやケーキの作り方、トマトなどの野菜栽培、畜産技術、サッカーなどのスポーツを教えた。
いつの時代にあっても、開かれた心をもつことこそ、国際人として最も大切な要件といえよう。
真の国際化とは、人間は皆、等しく尊厳なる存在であるとの信念をもち、友情を広げていく心を培うことから始まる。
 
小説『新・人間革命』の主な参考文献
林啓介著『「第九」の里ドイツ村 「板東俘虜収容所」改訂版』井上書房