随筆 永遠なれ創価の大城 5 民衆厳護の言論王 2016年4月20日


御聖訓「妙とは蘇生の義なり」─
不撓不屈の大九州たれ!
救援活動に奮闘する青年部有志(15日、熊本平和会館で)
 このたび九州の熊本県大分県で起こった大地震により、被災された全ての皆様に、心
よりお見舞い申し上げます。
 熊本地方、阿蘇地方、そして大分県……打ち続く地震に、眠れぬ夜を過ごされている方々
を案じ、胸をかきむしられる思いです。
 また、南米エクアドルでも大きな地震があり、心を痛めております。
 日蓮大聖人は、「汝須く一身の安堵を思わば先ず四表の静謐を?らん者か」(御書三一ペー
ジ)と、「立正安国」の根本の祈りを示してくださいました。
 甚大な災難が、突然、人びとの絆を断ち切るが如く襲いかかる時、その試練をはね返す
ものは、我ら民衆の、何があっても共に守り合い、生き抜いていくという誓いであり、祈
りではないでしょうか。
 自分も負けない。決して屈しない。とともに、苦しんでいる人を絶対に置き去りにしな
い。手を取り合い、支え合って、断固と乗り越えてみせる──この最も強く温かな心を燃
え上がらせ、進んでくれているのが、愛する九州家族です。
 御聖訓には、「真実一切衆生・色心の留難を止むる秘術は唯南無妙法蓮華経なり」(同一
一七〇ページ)と、厳然と仰せであります。
 色心を苦しめる、いかなる難にも怯まず、一つ一つ必ず打開していく原動力が、妙法の
信心です。
 「妙とは蘇生の義なり」(同九四七ページ)です。不退の負けじ魂で、蘇生の希望の光を
広げゆかれる同志に、私も、日々、懸命に題目を送っております。
 苦難に遭遇した時に、「師子王の心」を取り出し、最大の生命の底力を発揮して、一切の
艱難の山を登り切ってみせる。これが日蓮仏法の極意であり、創価の師弟の誇りです。
 わが熊本の同志よ!
 わが大分の同志よ!
 世界一の勇気と同志愛で先駆する、わが大九州の勇者たちよ!
 断じて、負けるな!
 今こそ不撓不屈たれ!
 「未来までの・ものがたり(物語)なに事か・これにすぎ候べき」(同一〇八六ページ)
と謳われゆく「異体同心」と「変毒為薬」の凱歌の歴史を頼みます。
創刊65周年──世界に希望と勇気の師子吼を!
聖教と共に前進! 勝利の大叙事詩を綴れ
同記事の前部分へ
“新聞は百万の銃剣よりも強い”と叫んだナポレオン。不屈の英雄の如く、前進また前進
の勝利劇を!(今月6日、池田SGI会長撮影。八王子市で)
*
人間主義」の旗
 今、あらためて思うことは、東日本大震災の時も、阪神・淡路大震災の時も、聖教新聞
に報じられる同志の姿が、大きな勇気と希望の光となった事実である。
 未曽有の震災の中、「負げでたまっか!」「負けたらあかん!」と悲しみに耐え抜き、前
進する能忍の魂。家族のため、友のため、地域のために行動し、励ましを送り続ける尊貴
な姿。同苦の涙と汗を流しながら、懸命に救援活動、復興支援に奮闘し抜く勇姿──。
 いかなる大難にも壊されない「心の財」を持つ生命の光彩を伝えてきたのが聖教新聞
ある。
 四月二十日は、この聖教新聞創刊の日──。
 一九五一年(昭和二十六年)、恩師・戸田先生の第二代会長就任に先駆け、広宣流布の闘
争開始を告げる「吶喊(鬨の声)」の如く誕生したのだ。今年で六十五周年の歴史を刻んだ。
 戸田先生は、“地涌の菩薩を旗頭として、その使命完遂のために聖教新聞は働くのである”
と宣言されている。
 聖教新聞は、「人間主義」の旗を掲げる新聞である。災害時などには、逆境の中で輝く人
間の真価を、尊厳なる生命の宝として宣揚し抜いてきた。
 聖教新聞は、「立正安国」の言論城である。徹して民衆の側に立ち、正義と人道の連帯を
広げる力となってきた。
 法華経には、地涌の菩薩の英姿を、「志固くして怯弱無し」「難問答に巧みにして 其の
心に畏るる所無く 忍辱の心は決定し」(創価学会法華経四七二ページ)と記される。
 まさしく聖教新聞は、この地涌の力用をもった言論紙なのである。
 「信念」の新聞であり、「勇気」の新聞である。「智慧」の新聞であり、「対話」の新聞で
ある。「慈悲」の新聞であり、「堅忍不抜」の新聞である。その言論力で、広宣流布の大誓
願を完遂していくのだ!
 一号また一号、今日もまた、明日もまた──。
新聞が結ぶ奇跡
 「毎日、新聞が出るということはそれ自体すでに奇跡であります」と言ったのは、チェ
コの作家チャペックであった。
 社会に巣くう悪、さらに暴虐非道のナチスなどに、「民衆新聞」の記者としてペンを武器
に挑んだ勇者である。ゆえに、真実を追求し伝える新聞が読者の元に届くことが、いかに
至難であり重大であるかを知り抜いていたのであろう。
 この“奇跡”というべき発展の歴史を、気高き同志の力の結集で、わが聖教新聞は歩ん
できた。その歩みは、今や一万九千号を超えた。
 日々、限られた時間の中で懸命に紙面を作り上げ、確実に読者のもとへ届けていく、編
集、整理、電送、印刷、輸送、販売店など全ての方々の尽力の結晶である。
 最前線の躍動する息吹を伝えてくれる通信員の皆様の奮闘も光る。
 この熱き心のリレーのアンカーを、雨の日も、風の日も担われているのが、“無冠の王”
たる配達員の皆様である。尊き陰徳に、「冥の照覧」は、絶対に間違いない。
 さらに聖教は、新聞長をはじめ幾多の同志、幾百万の読者の皆様に支えられている。
 聖教新聞は、労苦をいとわぬ全ての方々の心血が注がれた、広宣流布への正義の弾丸で
ある。
世界市民の誕生
 本年二月、「セイキョウオンライン」が刷新され、約百四十カ国・地域で閲覧されている
と伺った。
 また世界各地で、日本の聖教新聞大白蓮華に当たる機関紙誌が刊行されている。その
数は八十以上にも上る。
 先のチャペックは、「世界市民は新聞を読むことから生まれた」とも言っていた。
 今、聖教新聞と姉妹紙誌を共感と対話の広場として世界に広がりゆく、平和・文化・教
育のスクラム──それは、万人の尊厳性を確信し、「自他共の幸福」を願って行動する草の
根のネットワークである。
 ここに、「新たな世界市民」の誕生の黎明を見るのは、私一人ではないはずだ。
 「聖教新聞を、日本中、世界中の人に読ませたい」と願われた恩師・戸田先生がどれほ
ど喜ばれていることだろうか。
文字と言葉の力
 目覚ましい発展を続けるスペインSGIにも、機関誌「シビリサシオン・グロバル(地
球文明)」がある。以前、その編集長を務めていたのが、カプート理事長である。
 彼は十五年ほど前、来日した折に、念願だった聖教新聞の配達を、新宿婦人部の“無冠
の友”に同行して体験した。
 「まるで宝物のように新聞を優しく抱きかかえ、同志の元へ。その姿が肌寒い早朝の大
気を温めているかのようでした」──彼は、配達の感動を語っている。
 日々、一軒また一軒と、“無冠の友”が聖教新聞を届けてくださる真心は、そのまま広宣
流布への「一対一の対話」の真心に通じていよう。
 大聖人が「仏は文字に依って衆生を度し給うなり」(御書一五三ページ)と仰せの通り、
広宣流布は「文字の力」「言葉の力」で友に希望を送りゆく戦いであるからだ。
 相手の仏性を信じ、一人また一人と語りかける我らの勇気の対話こそ、大聖人のお心に
直結した慈悲の行動である。
 大事なことは友の幸福を祈り抜くことだ。立正安国への誓願の祈りだ。その深き祈りを
根本とした言論こそ、無敵の力なのである。
民衆の声は偉大
 私が欧州に初めて一歩を印したのは、五十五年前、デンマークの首都コペンハーゲン
あった。
 この国で活躍された女性詩人・グレース博士と、私たちは深い友情を結んできた。博士
の詩に、こうあった。
 「ささやかな一言が 世界を善く変えられる ささやかな一言が人間を善く変えられる」
 庶民が持つ変革の力を確信する博士の口癖は、「ふつうの人の声が大事なんです。ふつう
の民衆を尊敬し、崇めるべきなのです」であった。
 わが同志の確信の言葉によって、どれだけの人が奮起し、苦しみから立ち上がってきた
ことか。
 日々の学会活動で紡がれる言葉一つ一つは、無上の価値を持つ。
 同じ言葉でも、発する人間の誠意で重みは変わる。いわんや友の幸福を願い続けた心が
届かないはずはない。行動に裏打ちされた真心、言外にあふれる思いが相手の胸に染み入
るからである。
 最も誠実な民衆の声、すなわち仏の声を、聖教は発信し続けるのだ。
越せぬ坂はない
 一九八一年(昭和五十六年)の師走──永久に忘れ得ぬ歴史がある。
 競い起こる三障四魔の迫害の嵐と戦い、必死に激闘する大分、熊本、そして福岡の同志
の元へ、私は飛び込んでいった。
 大分で私が発表した長編詩「青年よ 二十一世紀の広布の山を登れ」を即日の作業で紙
面に掲載し、日本全国の同志へ電撃的に伝えてくれたのは、聖教新聞であった。
 阿蘇の“白菊講堂”への道で、若き友の手作りの凧を仰いだことも、私は忘れない。正
義の旗の如く寒風に翻っていた。
 あの竹田の岡城址、さらに熊本市の壱町畑公園で結んだ不滅の“師弟の一会”を、大き
く引き延ばした見開きの写真と記事で紹介したのも、聖教であった。皆と歌った「荒城の
月」と「田原坂」は、我らの胸に凱歌の如く轟き渡っている。
 「雨はふるふる 人馬はぬれる 越すにこされぬ 田原坂 ……」
 創価の師弟に、「越せない坂」は絶対にない!
 これが、未来永遠に変わらざる九州同志と私との不撓不屈の誓いだ。
立正安国の挑戦
 六十五年前の五月三日、第二代会長に就任された戸田先生は、「楽土日本を築くのだ」「こ
の地上から『悲惨』の二字を無くすのだ」との一念で、一段と強盛なる祈りを開始された。
 弟子の私も、第三代に就任した五月三日(一九六〇年)より、いやまして強く、祈り続
けてきた。
 「世界が平和であるように」
 「大地震がないように」
 「豊作であるように、飢饉がないように」
 三災七難に負けずに、民衆の安穏と社会の繁栄、そして地球の平和を実現する。この人
類の悲願へ、我らは自行化他の妙法を朗々と唱え、立正安国の挑戦を貫いていくのだ。
 いかなる災害や危機にも、断固と立ち向かう希望の大城が創価であり、その揺るぎなき
言論の柱、民衆厳護の言論王こそ、聖教新聞である。
 さあ、今日も、聖教と共に、「生命はかくも尊厳なり。無窮なり」と、人間革命の讃歌を、
民衆勝利の大叙事詩を、綴りゆこうではないか!
  
 
 (随時、掲載いたします)
 チャペックの言葉は『カレル・チャペックの新聞讃歌』田才益夫訳(青土社)。