2014-08-17から1日間の記事一覧
然れども此等の人人には・ゆづり給はずして地涌の菩薩に譲り給へり、されば能く能く心をきた《鍛》はせ給うにや(四条金吾殿御返事、1186㌻) 通解 しかしながら、仏はこれらの人々(舎利弗や迦葉、観音や妙音等の菩薩)には妙法を譲られないで、地涌の菩薩…
末法に入《いり》て今日蓮が唱る所の題目は前代に異り自行化他に亘りて南無妙法蓮華経なり(三大秘法抄、1022㌻) 通解 末法に入《はい》って、今、日蓮が唱えている(南無妙法蓮華経の) 題目は、末法に入る前の時代とは異なって、自行と化他の両方にわたる南…
地涌の青年の陣列は無限 地涌の菩薩のさきがけ日蓮一人なり、地涌の菩薩の数にもや入りなまし、若《も》し日蓮地涌の菩薩の数に入らば豈《あ》に日蓮が弟子檀那・地涌の流類《るるい》に非ずや(諸法実相抄、1359㌻) 通解 地涌の菩薩の先駆けは日蓮一人であ…
夫れ須弥山の始《はじめ》を尋ぬれば一塵なり・大海の初は一露なり・一を重《かさ》ぬれば二となり・二を重ぬれば三・乃至十・百・千・万・億・阿僧祇の母は唯・一なるべし(妙密上入御消息、1237㌻) 通解 そもそも、須弥山の始めを尋ねれば一つの塵であり…
酪農家の朝は早い。午前五時には、牛舎を掃除し、牛に配合飼料を食べさせ、搾乳して牧草を与える。 搾乳は日に二回。その間、季節ごとに、牧草地に肥料をまいたり、牧草を収穫したりするなどの作業がある。 それ以外にも、自給のための畑仕事などもあり、す…
酪農家の朝は早い。午前五時には、牛舎を掃除し、牛に配合飼料を食べさせ、搾乳して牧草を与える。 搾乳は日に二回。その間、季節ごとに、牧草地に肥料をまいたり、牧草を収穫したりするなどの作業がある。そ れ以外にも、自給のための畑仕事などもあり、す…
雨脚は、次第に激しさを増していく。しばらく行くと、道の傍らに何かが、うずたかく積まれているのがわかった。 干し草の山だ。菅山勝司は、自転車を止めて、潜り込んで雨をしのいだ。ほどなく雨はあがった。 また、自転車を漕ぎ始めた。喉が渇くと、道端に…
釧路で男子部の会合が開かれる前日、菅山勝司は、牛の餌になる牧草を刈り取りながら、迷い続けていた。 釧路までは列車で三時間ほどである。この時、彼は、一円の金もなかった。 “来いと言ったって、どうやって行けばいいんだ……” 空を見上げては、ため息をつ…
菅山勝司が、信心を始めた動機は、「食べるのがやっと」という生活から、抜け出したかったからである。 未来には、なんの希望も見いだせなかった。 また、もともと内気で、口べたであることに劣等感をいだき、それを克服したいとの、強い思いもあった。 そん…
翌六月十四日、山本伸一は、北海道研修道場訪問の記念植樹をしたあと、構内を散策した。 研修道場は、別海町北部に位置し、標津町との境界になる当幌川下流の右岸にある。 霧のなかに、緑の森が続き、湿原には白い水芭蕉が微笑んでいた。 伸一は、湿原の小道…
別海町には、乳製品をはじめ、サケ、エビ、アサリ、ホタテなどの産物がある。 山本伸一は、その話を聞くと語った。 「それらの特産を、もっと宣伝していくことも大事でしょう。 また、そうした食材を使って、別海の名を冠した製品を開発していってはどうでし…
山本伸一は、石沢清之助・ヤス夫妻の信心の勝利を讃えた。 学会員の功徳の体験を聞くことこそが、伸一の最高の喜びであった。 そのあと、彼は、石沢の自宅と隣接している店に顔を出し、従業員にも声をかけた。 見送る一家に、彼は言った。 「今日は、ありが…
石沢清之助とヤスは、釧路会館で山本伸一の指導を受けると、決意を新たにした。 彼らは、一九五八年(昭和三十三年)に入会してからの来し方を思った。そもそも夫妻が信心を始めたのは、次男の宏也の心臓病を治したい一心からであった。 入会してほどなく、…
山本伸一の乗った車は、再びスピードをあげた。彼は、同乗していた田原薫に尋ねた。 「途中、私が訪問すべきお宅があったら、お訪ねしますので、言ってください。次は、いつ来られるかわからないからね」 「ありがとうございます」 田原が最初に案内したのは…
六月十二日、十三日と札幌での諸行事に出席した山本伸一は、十三日午後四時、道東指導のために、飛行機で釧路へ向かった。道東の訪問は、十一年ぶりである。 伸一は、道東では開設五周年を迎える別海の北海道研修道場を初訪問し、地域広布の開拓者たちと会う…